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<監修>
独立行政法人国立病院機構名古屋医療センター 院長 堀田 知光
順天堂大学医学部血液内科 教授 押味 和夫
<編集>
東京医科大学内科学第一講座(血液内科)教授 大屋敷 一馬
自治医科大学内科学講座血液学部門 教授 小澤 敬也
旭川医科大学内科学講座消化器・血液腫瘍制御内科学分野 教授 高後 裕
金沢大学大学院医学系研究科細胞移植学(血液呼吸器内科)教授 中尾 眞二
朝長万左男
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科附属原爆後障害医療研究施設
分子医療部門分子治療研究分野
長崎大学医学部・歯学部附属病院血液内科
鉄キレート療法は過去数十年を振り返ると,デフェロキサミン(デスフェラール®)という優れたキレート剤が存在したにもかかわらず,静注または筋注による持続注射が必須なため,コンプライアンスが必ずしも良くなく,血液専門医にとっては必ずしも十分に理解され,実施されてきた領域とはいえない.骨髄異形成症候群や再生不良性貧血などの慢性貧血を十分な赤血球輸血によって治療し,Hbを9~10g/dLレベルまで上げて,高いQOLをめざすことは残念ながらわが国では普及してこなかった.この状況下で,海外で新しい経口鉄キレート剤のデフェラシロクス(Exjade®)が導入されたことは,今後の慢性重症貧血患者の鉄キレート療法を一変させ,患者のQOLを高める大きなエポックをもたらすものと期待される.わが国の輸血開始点のHb値を現行の6~7g/dLから,欧米で普及している8~9g/dLまで上げることができるか,迅速な検討が求められるところである.
わが国においては,鉄過剰症の診断と治療は,血液専門医にとって必ずしも十分な理解のもとに実践されてきた領域とはいえない.その原因としては,まず,世界的にみて鉄過剰症の最大の原因疾患であるサラセミアがわが国では極端に少ない疾患であること,遺伝性鉄過剰症がきわめてまれな疾患であることがある.一方,再生不良性貧血(AA)や骨髄異形成症候群(MDS)などの慢性貧血のため輸血依存性となる患者数は決して少なくないものの,鉄キレート剤としては血漿消失時間が短いため,静脈または皮下注射による24時間持続投与を強いられるデフェロキサミン(デスフェラール®)しか存在せず,コンプライアンスの観点から,患者側,医師側双方にとってまことに使いづらい状況があったことによる.
このような状況下において,新たに開発された経口投与剤のデフェラシロクス(Exjade®)は,比較的血中濃度が長く保たれる特徴を有し,鉄キレート療法の隘路を突破できる可能性が示されつつあり,わが国においても鉄過剰症と鉄キレート療法に関する関心が高まってきている.
AAおよびMDSなどの慢性貧血の患者が,治療の効なく輸血依存性となり,1回に1単位200mLあるいは2単位400mLの濃厚赤血球輸血を年余にわたり受ける場合,正常血液2mL中のヘモグロビン(Hb)が約1mgとして換算すると,毎回100mgあるいは200mgの鉄が入ってくることになる.これは鉄吸収の1日量1~2mgの約100日分に相当する.
特にMDSでは,食餌中の鉄の吸収率は,そのメカニズムの詳細はまだ判明していないが,上昇していることが知られている.MDSでは疾患の本態ともいえる赤血球無効造血が存在しており,疾患自体で鉄過剰症に傾く.ドイツのジュッセルドルフ大学のGattermannらによれば,MDS患者の診断時(輸血開始前)の血清フェリチンの平均値は1,000ng/mL付近にあり,鉄過剰傾向がすでに内在している1).
静脈注射あるいは皮下注射によるデフェロキサミンの持続投与というコンプライアンスがきわめて不良の治療によって,鉄キレート療法が必ずしも徹底して行われていなかった臨床の現場において,経口鉄キレート剤の登場は,輸血依存性の患者にとって鉄過剰による臓器障害を免れ,十分な輸血を受けつつ,高いQOLのもとに生活できる条件が整うことを意味している.
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いったいHb何g/dLから赤血球輸血を開始し,輸血依存となった場合にHbをどのレベルで維持すべきかについては,常に議論されてきたところであるが,結局は患者の臓器機能(特に心肺機能)と,患者自身が求める(好む)QOLのレベルと,主治医の臨床的判断との兼ね合いで決まる要素が大きく,一律なマニュアルを定めて実践することになじまない領域として,長く経験主義的になされてきたといえよう.欧米においても同じように経験主義的状況があることは間違いないが,欧米とアジア諸国では平均的な開始・維持のHb値にはかなりの差がある.
2005年長崎市において第8回国際MDSシンポジウムが開催された際,各国の臨床医が集まり,MDSの鉄キレート療法に関するコンセンサス会議が開かれた1).この場においてアンケートが行われたが,興味深いことに,輸血開始のHb値が,欧米諸国(おおむね8~9g/dL)とわが国を含むアジア諸国(おおむね6~7g/dL)では,約2g/dLの差があることがわかった.これは,それぞれの領域において開始・維持のHb値に関して定まったマニュアルは存在しないことから,伝統的な臨床判断の差が,かなり顕著にあるということであろう.アジア人の貧血に対する忍容力が欧米人より高い,体格の差異(特に体重)などがその理由であるなど,いくつかの推定意見が出されたが,正確な比較研究はまだなされていない.
見逃せないのは,欧米の患者においては,発病までの身体機能に近いQOLを求め,医師もその要求を積極的に受け入れる習慣が根付いているように見受けられる点である.この場合,患者が慢性に持続する重症の貧血を有すると認識するレベルが欧米では8~9g/dL付近にあるように思われる.一方,わが国ではこのレベルを重症と考える医師はきわめて少ないのではなかろうか? 6~7g/dL付近におく医師が多いと思われる.他方,輸血の副作用(ウイルス感染の危険性など)に対して日本の患者と医師がより敏感で,輸血開始のバリアが高く,Hbがかなり低くなってから遅く開始される傾向もうかがわれる.
欧米の血液専門医と話してみても,上述のように,貧血のとらえ方においてわが国の医師とかなりの差があることはほぼ間違いない.患者間のQOLに関する認識の違いもある可能性がある.輸血でHb値が容易に上がるのであるから,積極的に利用したほうがQOLは確実に高まると考える医師が欧米では多い.また患者もそれを要求する.一方,わが国では患者も比較的低いHb値で我慢しようとするし,医師も患者に我慢を強いていることをさほど意識していないようにみえる.
われわれの内科では,適切な鉄キレート療法を実施できる場合,MDSの特に低リスク群(WHO分類でRA/RARSおよびRCMD,IPSSではlow/Int‐1)患者に対して,従来からの輸血維持の目安としてきたHb値6~8g/dLを8~10g/dLに約2g上げて維持する検討を開始しているが,患者側のQOLに関する評価は明らかに上がっており,特に男性において社会活動(就業など)を続ける場合において顕著な差が出つつある.
2年以上10年程度の生存期間が確保できる可能性の高いこれらのMDSの低リスク群や,AA患者で重症ないし中等症の輸血依存例では,このようなQOL重視型の輸血療法に切り替えた場合,輸血回数がどの程度増えるのか,それでも適切な鉄キレート療法を行えば臓器障害の頻度は高くならないのか,すなわち鉄のマイナスバランスを保ち続けることができるか,新たな研究が必要となってくることは間違いない.
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最近の生体内の鉄および鉄代謝に関する研究の発展は顕著である.フェリチンあるいはその重合体であり組織学的にも観察可能なヘモジデリンが細胞内外に沈着して,細胞死と臓器障害をもたらし,ついには臓器線維症などを招来する機序がわかってきている.第1章で詳しく解説されているように最も重要な細胞障害性の鉄はNTBIと呼ばれるトランスフェリンなどの鉄結合蛋白に結合していないフリーの鉄原子(二価と三価)であって,これが貯蔵鉄プールとトランスフェリン結合鉄のあいだにあって増減しており,鉄過剰症では不飽和鉄結合能がほとんどゼロとなっているために,その血中濃度が上がり,組織と細胞を障害する.
NTBI濃度が上がると細胞内の不安定鉄プール(labile iron pool;LIP)が増え,細胞内の代謝系において鉄原子による脂質などの過酸化が生じ,OH・などのいわゆるヒドロキシラジカルが増え,細胞死(肝細胞・心筋細胞・膵臓のラ氏島細胞など)を招く.また組織レベルではTGF‐ β1などの産生が誘導され,線維症(肝硬変)が進行する2).
NTBIの血中濃度に関しては,鉄キレート剤を投与すると数時間内でその濃度は低下する.しかし,キレート剤の中止で速やかに再上昇することも判明している.ここに鉄キレート剤の血中濃度を維持しなければならない大きな理由がある.したがって,鉄キレート療法とは,臓器内の鉄沈着を減少させていく治療法であることは間違いないが,それは鉄回転のマイナスバランスを保ち続ける結果もたらされるのであって,心筋障害などの臓器障害のある患者においては,鉄キレート療法の最大の眼目は,NTBI・LIPを早く徹底的に低下させ,それを持続するところにあるといえよう.実際,心筋障害はまだ組織の鉄沈着が減少したとはいえない数日内~数週間のあいだに改善する事例が報告されている3).
臨床検査のレベルでは残念ながら,NTBIの測定はまだルーティン化されていない.フェリチンでモニターする方式が各国のマニュアルで採用されているが,実際にフェリチンが低下する以前に鉄キレートの効果は臓器レベルでは出始めていることは認識しておかなければならない.
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薬剤投与のコンプライアンスの観点から,デフェロキサミンは明らかに使いづらい薬であった.皮下注射を可能とする持続ポンプが開発され,特にサラセミアの小児患者にとって過去数十年にわたって重要な治療法として使用され続けてきた.しかし,週に1~2回の休薬日が置かれるとはいえ,修学や遊びなどの観点から,実際のコンプライアンスは必ずしも良いとはいえないことは周知の事実である.実際にわが国のMDSの輸血依存例で,このように1週間のうち5日以上は持続注射を求められるデフェロキサミン投与は,臨床の現場ではなかなか受け入れられるものとなっていない.したがって,MDSやAA患者における鉄キレート療法は,高徳らの最近の調査によっても不完全にしか行われていないことが明らかになっている4).極論すると,やらないよりはやったほうが良いということで,輸血時に点滴でデフェロキサミン投与を行うなどの便法が取られ,患者と医師ともに妥協しているところがあったといえよう.このような状況で1日1回経口投与で十分な血中持続時間が得られるデフェラシロクスの意義はきわめて大きい.
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この問題は,MDS患者にどの程度まで熱心に輸血と同時に鉄キレート療法を実施するべきかという根本的な問題につながる.これまでHb値がMDS患者の予後と関連することは,IPSSなどでも検討され,血球減少症の数がスコアとして採用されている5).Cazzola(イタリア・パビア大学)のグループは,最近MDS患者の生存期間が輸血依存例で明らかに短縮していることを多数例の解析で再び示した6).これは,純粋にHb値がMDS患者の予後を決定するという意味ではなく,輸血依存性になる症例では,感染症,出血傾向,白血病化など死因となる合併症の頻度が総合的に上がるという観察であり,あらためてMDSにおける輸血依存性が重要な臨床課題であることを明らかにしたものである.
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一方,カナダのLeitchらは初めてMDS患者の鉄キレート療法によって,対照群に比べ投与群の予後が改善する可能性を示した7).まだ症例数が少ないために確定的ではないが,鉄過剰症の克服によって,2~10年程度の長期生存が可能な低リスクMDS患者の生存期間そのものが改善するとなると,鉄キレート療法の重要性を改めて認識しなければならないこととなる.
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英国のJensenらはMDS患者のHb値が鉄キレート療法によって改善して,治療効果が認められると報告した8).そのメカニズムはその後も十分には検討されていないが,鉄過剰がMDSクローンによる無効造血を増悪させており,それが是正されるためか,あるいはデフェロキサミンそのものに無効造血の是正効果(有効造血をもたらす)がある可能性を想定している.今後,適切な鉄キレート療法が一般的に行われるようになった場合,MDSの病態そのものに対する臨床効果についても慎重な検討が必要と思われる.MDSの本態である赤血球無効造血のメカニズムがさらに解明されるきっかけとなるかもしれない.
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生体内には正常人では3~4gの鉄が存在する.鉄過剰症ではこれが20~40gまで上昇し,血中・臓器のNTBIの増加をもたらし,細胞内のLIPも増え,細胞障害と臓器障害を生じてくる.しかし,鉄過剰状態と臓器障害の関連性については,必ずしも病態の全貌が判明したわけではない.なぜ肝臓,心臓,内分泌器官(膵臓)などが好んで障害されるのか,必ずしも明らかになっているわけではない.特に心臓では,鉄過剰症の重症例においても肝臓においてはMRI画像でも強い鉄沈着が必ずみられるのに比し,画像上は沈着が強度でないにもかかわらず,心筋障害が強く発現することはよく知られているところである.NTBIの直接作用やNTBI以外の細胞・組織障害のメカニズムがあるのかもしれない.また,輸血による鉄過剰症と遺伝性ヘモクロマトーシスでは,臓器間の鉄沈着の程度にかなりの乖離がみられることもよく知られた事実である.このように,鉄過剰症をめぐる病態研究にはまだ未解明の部分が多く残されており,今後生体内鉄動態を,新しい方法,たとえばT2‐star(T2*) magnetic resonance imaging(MRI)などの測定系を駆使して,さらなる研究を進めなければならない9).
経口鉄キレート剤の登場は,生体内鉄動態の研究に大きなエポックを生じつつあるといえよう.
References
第56回日本輸血・細胞治療学会総会 ランチョンセミナー
期日/2008年4月25日
会場/福岡国際会議場